それは、天国か地獄か!? 希望か絶望か!? シンガーソングライター、せきぐちゆきの、約3年ぶりとなるフルアルバム「境界線クライシス」が完成! 苦難を乗り越え、驚くほど豊かになった表現とサウンドに圧倒される珠玉の1枚。
【同じように境界線の上で日々戦っている人たちにも共感して、勇気に変えてもらえるんじゃないかなって】
—純粋なフルアルバムとしては『心絵〜人が空を見上げる時〜』以来約3年ぶりと、久々のリリースとなりましたね。
せきぐち:そうですね。昨年、『もう一度私と恋をして』というシングルをリリースしたんですが、カップリングとして『もう私には何もない』という曲を収録したんです。タイトルからも想像できる通り、精神的にボロボロだった頃に作った曲だったんですが(笑)、この曲を書いてから、なんとなく今作の世界観が見えてきたんです。歌うことがものすごく好きなんだけど、その反面、歌に対する恐怖心みたいなものも強くて、常に苦しみながら、一方で爆発的なまでの喜びを感じながら、歌を歌ってきたんです。その中で、苦しみの方が勝ってしまった時に生まれた曲だったんですね。そいう自分の、行き詰まった叫びとか、心の葛藤を素直に作品に反映していくことが、今の自分にとって、一番共感してもらえるんじゃないかなと思って。
—『もう私には何もない』は、確かにとても印象的な曲でしたが、せきぐちさんにとってターニングポイントともいえる大事な存在だったんですね。
せきぐち:それ以来、素直に苦しみを受け止められるようになったんです。それまでは「こんなことじゃダメだ」「苦しみを早くなくさないと」みたいに考えてしまっていたんですよね。
—今作は、その後自然に生まれてきた曲たちを中心に収録されたということでしょうか?
せきぐち:はい。アルバムのテーマを決めてから作り始めたわけではなく、自然とアルバムになっていった、みたいな。ため込んでいた曲からも抜き出して作り直して、結果、自分の心の揺れとか、もがき苦しんでいる状態が色濃く出ている曲を多く選んでしまっていましたね。だから、これまでの私の作品には恋愛の歌が多かったんですけど、今作はそうじゃない歌も多くて。
—確かに、もっと普遍的で、だからこそより多くの人が共感できる内容になっているなと感じました。タイトルの『境界線クライシス』はどこから?
せきぐち:「クライシス」という言葉には「危機」とか「分かれ道」とか「重大局面」というような意味があるんですが、ものすごく細い境界線の上で綱渡りをしているような、そういう精神状態のイメージですね。私、ライブをやっている時っていつもそういう感覚なんですよ。で、一瞬その綱を踏み外してふわっと落ちていく時に、ものすごい快感を感じる(笑)。だけど人は誰でも、大きな不安を抱えていたり、危うい状態にあって、境界線の上を渡り歩いているような感覚を持っていたりするじゃないですか。そういう意味で、誰にとっても身近な言葉でもあると思うんですよね。
—1曲目の『egg』は、そんなアルバムの内容を象徴するような曲でもありますよね。歌詞にも<ああ 溢れそうな ああ よろこびだろうか ああ 怒りだろうか>という、相反する感情を描いた表現があったり。
せきぐち:そうですね。私、写真家の佐藤健寿さんが大好きなんですが、その方の「奇界遺産2」という写真集の中に、チェルノブイリ原発と隣接している、ウクライナのプリピャチという街の写真があったんです。原発事故があって、放棄された街となってしまっているんですが、そこの真っ白な雪の森に、大きな卵がどんとおいてあるんですね。その卵は、かつてそこに暮らしていた人たちが夢を詰め込んだタイムカプセルらしくて、その写真を見た時、「ここには何が入っているんだろう?」「いつ誰がこのカプセルを開けるんだろう?」「その時この街はどうなっているんだろう?」って、いろんな疑問や感情が一気に噴き出したんです。そこからさらに、自分たちの世界に、得体の知れない卵がポンと置いてある映像が浮かんで。それは、得体が知れないんだけど実は誰もが知っていて、その卵が割れた時が、この世界の転機になる。みたいな想像が膨らんでいったんですね。
—なるほど、せきぐちさんらしい切り口です。
せきぐち:だけど私が今暮らしているこの世界って、全てが転機でもありますよね。私たちの行動によって、未来が決定していく。その象徴としての卵が、ある日みんなの前に提示されたら、どんな反応になるのかな? って。そういう想像から一気に書いた曲ですね。
—この曲から始まって、『踊る薔薇』『蛍火』『ネモフィラの丘』『やさしい悪魔の子守歌』と、ものすごく幅広い表現、世界観の曲が続き、聴き進めるごとに、これまでにも増して濃密なアルバムになっているな、と感じました。
せきぐち:ありがとうございます。アルバムを作る時って、全体をひとつの物語のように捉えて、聴いてくださる方が飽きないようにというのはすごく意識するんです。今回はアレンジに関しても、いつも以上にこだわらせてもらいましたね。
—特にインパクトがあったのが、<あやかし様しか愛せない>という歌詞で始まる『海老クラゲ』でした。おとぎ話のようで、怪談のようでもあり、せきぐちさんにしか書けない曲だなと。
せきぐち:この曲は、ドライブ中にふっと出だしの歌詞とメロディが出てきたんです。それで急いで車を停めて、河原でノートを広げてバーッと書きました。そこに河原が無かったら、忘れてしまって完成しなかった曲ですね(笑)。歌詞をよく読むと少しだけエロティックな内容になっているんです。これも誰もが持っている一面だと思うんですけど、それを絶妙に隠した歌にしたかった。聴いていて、どこか居心地が悪くなるような作り方をしてみたというか。
—そして後半の『ひとりしずか』から、すごく美しく、おだやかな世界に突入していきますよね。これまでにもバラードの名曲はたくさんありましたが、かつてないほど素直な歌詞で、普遍的な魅力に富んだ楽曲というか。
せきぐち:まさに素直に、日記を書くような感じでスルッと書けてしまった曲です。宇宙の中にほわ〜んと浮かんでいるような感覚で、心地良くリラックスして聴いてもらいたいですね。
—そしてラストの『夜明けの風』も素晴らしい曲で、せきぐちさんの現在の心境なんかも強く反映されているのかな? と想像したりしました。
せきぐち:これは、以前何気なく、出だしのフレーズをTwitterでつぶやいたんです。そうしたら「いいね!」みたいな反応をたくさんもらえて、じゃあ曲にしようかなって。メロディーはずいぶん前からあったんです。だけど乗せる詞がなかなか見つからなくて保留になっていたんですが、すっと「あ、この歌詞はあの曲だ!」みたいな。
—Aメロからものすごくしっくりと歌詞とメロディーがはまってますよね。
せきぐち:この曲はこの歌詞を待っていたんだなって思いましたね。
—本当に、これまでの積み重ねや、辛い時期を乗り越えた経験が一気に花開いたかのような、充実のアルバムになりましたね。
せきぐち:ありがとうございます。実は私、このアルバムの歌入れに入る時期に喉を壊してしまって、2ヵ月半くらい歌が歌えなかったんです。その時の落胆、悲しさといったらなくて、歌を歌えることがどれだけ幸福だったかということをあらためて実感しました。そういう意味でも、この作品が完成したことで、自分自身も本当に救われたんです。なので、同じように境界線の上で日々戦っている人たちにも共感して、勇気に変えてもらえるんじゃないかなって思っています。
ALBUM
「境界線クライシス」
2016.11.9
POCE-3085
【Profile】
栃木県宇都宮市出身のシンガーソングライター。2004年1月、シングル『ドライブ』でインディーズデビュー。2005年2月にシングル『桜通り十文字』でメジャーデビュー。2009年のシングル『風と共に』は、石原裕次郎23回忌のイメージソングに抜擢され、同年7月5日に行われた国立競技場での「石原裕次郎二十三回忌祭典」でも、コーラス隊によって披露された。2011年6月にリリースしたアルバム『素顔〜愛すべき女たち〜』が第53回輝く!日本レコード大賞【優秀アルバム賞】を受賞。
http://せきぐちゆき.com/